
2012.05.16
不動産部の井上です。
さて、話題の乏しい私はいつものごとくブログネタに
泣かされていますが、今回は困った時の物件紹介とは
チョット違います。
という前置きのもとに物件紹介にうつりますが、今回
の物件は築浅の当社人気シリーズでもある「ラ・ミア
カーサ」の中古住宅です。
現所有者様の県外転居による為の販売で、内覧が可能
となるのは少し先になる予定ですが、これをご覧にな
った方に先行でのご紹介となります。
この物件は平成17年築のまだ新しい建物で、とても
綺麗にお使いのお施主様ということもあり、立地や間
取りの合う方には掘り出し物かと思います。
詳しい情報が知りたい方がいらっしゃいましたら私ま
でご一報を。
ちなみに、土地は56坪強で建坪は34坪弱の3SLD
Kで2階がリビングとなっています。
また、高台にあるため眺望・風通しも良好です。
さらに詳しい情報は不動産情報をご覧ください。
2012.05.15
一日おきに更新するはずのスタッフブログが、三日も空いてしまいました。
申し訳ありません。犯人の田端です。
若かりし頃、アートスクールを目指し仲間たちと共に時を過ごしたアトリエの閉校が決まりました。
鎌倉美術研究所。通称「鎌研」と呼ばれていた鎌倉の小町通りにある小さなアトリエです。
懐かしい石膏像たち。
絵具まみれのイーゼル。
どれを見ても青春の思い出が蘇ってきます。
4月の解散会には多くの友人たちが集まりました。
大手広告代理店でディレクターとして活躍しています。
15年前に稲村ケ崎に建てた彼の自宅は、陶芸アトリエ併用住宅です。
設計・工事ともに、私がお手伝いさせていただきました。
東京のデザイン事務所・ドゥカンパニーのグラフィックデザイナー。
皆さまにご評価いただいている新進建設の広告は、全て彼女のデザインによるものです。
鎌研時代の黒沼さんのデッサンがアトリエに保管されていました。
やっぱり昔から上手だな~。
60歳を過ぎたとは思えません。
どうぞこれからもお元気で。
先生とアトリエのおかげで、今でも様々な形で助け合える、多くの友人に出会うことが出来ました。
彼らが私の人生の宝物です。
ありがとうございました。
2012.05.10
ブログのネタが無く、毎回大変な氏居です。
今までたくさんのお客様の家を建てさせて頂きましたが、
最近和室を造られる方が少なくなっ来ているような気がします。
今回は、そんな和室を少しだけ紹介いたします。
昔ながらの真壁に長押といった和室は、少なくなってきましたが、
和室をモダンに、個性的に作られるお客様が増えてきています。
ですが、それが新進建設らしさ?なのかな?
次はどんな和室が出来上がるのでしょう?
2012.05.08
・・・・先月のエイプリルフールに嘘をつき損なって(??)しまい、今頃になってからコッソリと嘘をつく事になってしまった(??)、建設部のオオダテです。
「芸術とは、最も美しい嘘のことである」
という、フランスの作曲家・ドビュッシーの格言があります。
・・・・つまりは、「嘘」も芸術(???)なのです! ・・・たぶん・・・。
・・・・・・・本当は、撮り鉄コーディネーター・小柳さんが使う約束のはずだった「ネタ」を、約束を破ってコッソリ使ってしまうことの「嘘」も、芸術なのです!! ・・・・・たぶん・・・。
・・・と、いうわけで(???)、芸術的な嘘を織り交ぜつつ(??)、嘘の様に芸術的な I 様邸の「ドールハウス」を紹介させて頂きます!
建築工事の時は、それぞれの部屋の床の仕上げ・壁の柄を変えて仕上げた I 様邸の「ドールハウス」4部屋。
空き部屋だった4部屋に、それぞれ雰囲気の異なった家具を設置して、完成しておりました!
ご覧下さい!!! 芸術的に細かい細工の施された家具達!
時計の針からポット・カップまで!! さらには食器の柄や絵皿まで!!!
それぞれがとても精巧に造られた「芸術品」です!
特に食器類の出来の良さには、本当に驚かされます!
食器に描かれた「柄」や絵皿の「絵」まで、精密に描かれているのです!!
奥様が趣味で少しずつ集めていらっしゃったそうですが、現在は職人さんもほとんど居なくなってしまい、入手困難なのだそうです。
とても夢のある空間に仕上がっていて、感激してしまいました。
コチラは築4年の「ネコハウス」と、その世帯主。
・・・とうとう大黒柱(?)をボロボロにしてしまいました・・・。
・・・・彼女にとっての芸術は、爆発している様です・・・・。
2012.05.04
最近、まつげが抜けると、あ~もったいない(ToT)と悲しくなってしまう簑島です。
同じ白い毛でも、ちゃんとまつげはまつげらしく目を覆うように生えているので、瞬きをすると、バサバサっとなります。いいな~。
GWの始めに、厚木にあります七沢森林公園に行ってきました。
その公園内にある、森のアトリエで娘と一緒に陶芸体験をしてきました。
娘も私もはじめての体験でしたが、指導員のおじさんがとても親切に教えてくれたので、楽しく体験することができました。
後は、アトリエの方が焼いて、色をつけて完成させてくれます。 娘のカップは白い色をつけてもらう予定で、私の小鉢はナマコ色!(黒っぽい中に青みがかっているような渋い色です)
でお願いしてきました。出来上がりは2か月後だそうですが、今からとても楽しみです。
陶芸の後は公園内を散策しました。 森林公園という名前の通り、広い森の公園で、結構登り降りがある道なので、運動になりました。 翌日はちょっと筋肉痛になってしまいました。
翌日に筋肉痛になっているなんて、まだまだ若い???なんて。。
2012.05.01
先週 秦野市堀山下の県立秦野戸川公園に山開き式を見に行ってきました。
秦野丹沢まつりの一環で 丹沢の本格的な登山シーズンの幕開けを祝うため、毎年恒例で行われているのだそうです。
戸川公園の多目的広場において 市民グループの皆さんが和太鼓・アルプホルンの演奏や、コーラスを披露。
大勢の市民のみなさんが参加されていました。
そのあと、山伏によって清められた山門が開かれ、別々のルートで登った登山隊の皆さんが山頂で合流し、登山者の安全を祈願する『開山の鍵』を交換します。
私は、演奏とコーラスの見学のみで、登山には参加しなかったのですが、表丹沢は年間約40万人もの登山客が訪れる、人気の登山スポットなのだそうです。
登山口までバスが通っていたり、駐車場もあるため、交通の便も良いのだそうです。
展望に優れたコースや、緑の美しい木々に囲まれたコースなど、何度通っても満足できるコースが沢山あり、多くの登山客の心をつかんでいるのだとか...
『登山は丹沢に始まり、丹沢に終わる』といわれているのだそうですヨ。
ぜひ一度、登山の爽快さを味わってみたいと思っている、総務部の町田でした。
2012.04.28
総務部 大坪です。
今回は今までと少し趣向を変えて私の知っている雑学でも書いてみます。
私の知っている数少ない雑学の一つに
昔は、理容師(床屋・散髪屋さん)は実は医者だった というものがあります。
正確に言えば、「内科医」ではなかったが「外科医」みたいなものがルーツであるみたいです。
現在の日本では、理容師(床屋・散髪屋さん)は、理容師国家試験に合格することで得られる国家資格です。
理容師免許が無ければ床屋・散髪屋さんにはなれません。
その理容師のルーツですが、日本では古くは江戸時代のころ、「髪結い」、「髪床」などとよばれる職業がありました。
彼らは、客が男性なら月代(さかやき)や髭(ひげ)を剃って髷(まげ)を結い、
客が女性なら襟足を整えて髪を結うことを仕事にしていました。
つまり、日本の「床屋」のルーツには医者とのかかわりは感じられません。
では、何故上述の事が言えるのでしょうか。
答えに関するルーツは実は欧州にあります。
中世ヨーロッパでは、病気の治療法は下記の2通りがありました。
内科的に薬を処方して病気を治す方法。
外科的に悪い血を抜いて患部を治す方法。
この2つの方法を病気や患部の場所で判断し使い分けていたそうです。
前者の方法から発展したのが内科医です。
後者の方法を仕事とする人は、血を抜いたり、患部を切って膿をだしたりと(その技術の一端は、現在の外科手術な
どに受け継がれています)、刃物をつかっておりましたので、いつしか患者の髭を剃ったり髪を切ったりするようになりました。
そして患部の悪い血を抜くという治療法に根拠がないことを人々が気づいたころ、髪を切ったり髭を剃ったりすることが本業となってしまいました。
ここで治療のために血を抜くという当時の信仰に根ざした医学の流れから、髪を切り髭を剃る「理髪」という概念が切り離されて、理容業が生まれました。
勘違いしてはいけないのは、当時でも「医者」といえば内科医で、外科的な治療をする「血抜き屋」は医者とは別の存在だったようです。
※補足
散髪屋の店先でくるくるまわっている螺旋状の看板。この看板の事を「サインポール」といいます。
三色模様ですが、よくいわれるのが、「白は包帯、赤は動脈、青は静脈」というものですが、真相は違うようです。
「血抜き屋」が洗った包帯を、細長い棒(治療時に患者がつかまっていた棒。血がつくのではじめから赤く塗っていた。)に螺旋状にひっかけて干していたところ、それが「血抜き屋」の目印になりました。
赤い棒に白い包帯の螺旋という原型に、ヨーロッパでよく見られるトリコロール(フランス語で三色という意味)の要素(意味はいろいろあって定説にいたってない)が加わって、現在の形につながったと思われます。
2012.04.25
4月も20日を過ぎ、いよいよGW目前。
今年は、大型連休になりえるためか?
旅行をする方も増加しているとのニュースを聞いています。
そんな旅行に出かける方々を羨望のまなざしで見る出不精な神場です。
そうは言ってもGW中はスケジュールがぎっしり入っていることに
自分自身ビックリしています。
さて、最近は天気もだいぶ温かくなってきました。
そして、ふと事務所から毎日見ている『モデルハウス桧の香』の姿に
今まで気づいていなかったものが目に入りました。![]()
本社から桧の香の中央のリビングが見えるところに見事な赤い花
(見えるでしょうか?)![]()
石楠花(しゃくなげ)の花でした。
男性の私が花に興味を持つなんて...
と思う方も多いと思いますが、
私自身も近年当社の花々が見事に咲いているのは、
非常に印象深く、ついついブログで紹介してしまいたくなるのです。
とは言っても、この石楠花は昨年も咲いていたのですが...(汗)
この石楠花は、4月上旬~5月上旬が開花時期のようです。
ご興味ある方は当社モデルハウス桧の香へご来場いただけると
この目を引く赤い花をごらんいただけると思います。
2012.04.22
社長ブログにも記載がありましたが、4/15~4/16にかけて 当社社員の一部及び協力会社「新翔会」有志にて 震災被災地の視察に行ってきました。
TV画面を通じて状況は ある程度は知っていましたが・・
「国境のトンネルを抜けると雪国であった」と・・・川端康成の小説「雪国」は始まります。
現地をバスで進むと まさにある一角からその光景が一転しました。大方の瓦礫処理は完了しており
第一印象は「一面の造成区域」って感じでしょうか。
何故か所々にポツポツと家が「残って」いますが 近くで見ると「全壊」で解体撤去待ち状態・・・
日常生活があった事を証明する「車」は エリアの片隅に平然と積まれたまま・・
入り組んだ海岸線の影響でしょうか?「ここまで波がきたのか!」と唖然とする場所があれば、海沿いにも拘らず大きな被害がなかった一角もあるのは驚きに値します。
「忘却は美徳」なんて言葉があります。
「運命」という一言で 頭の片隅にしまいこんでおいた方が 気持ちが楽でしょうか?
海岸線に目を向けると 海は穏やかでカモメが飛び交う長閑な風景が飛び込みます。
しかし この場所で大惨事があったという事は事実なのです・・
現地視察を終えて
ガイドをして頂いた「四倉」様,宿泊したホテルの「仲居さん」/松島海岸での「ガイドさん」など 今をたくましく生きている現地の方々に触れ、言葉には表現できない東海林でした。
2012.04.19